
特集
2008-12-3 6:25:08
ツール・ド・おきなわ2008 プレイバック Part 1
大会史上初!ステージレースの舞台裏を密着レポート
ジャパンカップから2週間後。
沖縄の名護市を中心にツール・ド・沖縄が開催されました。
今回は20回記念大会と称して2日間のステージレースとなりました。
出場選手は、福島晋一、福島康司、清水都貴、新城幸也、中島康晴の5人。
今回、新城は空港へ到着した直後から地元新聞記者による密着取材が行われるなど、沖縄出身の新城幸也に注目が集まります。
ジャパンカップでの失敗は繰り返すまいと、選手たちは11月4日から沖縄入りし、入念にトレーニングと調整に励みました。
レース前日、いつものようにミーティングが行われました。今回のエースは隠すまでもなく新城。地元での初勝利を誓い、それに向けての作戦が練られました。これまでのワンデーレースではなく2日間のステージレースのため、攻め方も異なります。
初日の1.7キロを30周する51キロのクリテリウム。
キャプテンの福島晋一が、
「総合優勝を狙うなら、初日(勝利を)取ってリードしておいた方がいい。幸也がリーダーになって、第2ステージで逃げに都貴が乗る。前で都貴は脚を使わず逃げればいい。そんなイメージがある」
とミーティングの冒頭で提案。このイメージを具体化するために、
「1人、2人逃がして、スプリントに持ち込む方がいい」
「こんなコースだったら、コントロールした方がいいかも」
「リーダーチームのような走りで走った方がいい」
など意見が交わされました。
最後に福島晋一が
「少人数の逃げは行かせて、集団の先頭で我々がコントロールする形。都貴も調子がいいから、なかじ(=中島)と康司と俺がアシスト。ゴールスプリント狙いで、ゴール前の幸也の発射台は都貴が。」
とまとめました。
翌日。第1ステージ。
1周のパレード走行が行われ、先導は元F1ドライバーの片山右京さん。選手たちは集団の一番後ろでスタートしたにもかかわらず、パレードを終えたらみんな先頭に陣取っていました。
レース後の談話ですが、と片山さんは、
「いやー、梅丹本舗の選手たちは速かったですよ。気が付いたらみんな周りにいたんです。」
と驚きの様子。一方の福島晋一は
「あのパレードが一番速かったかも?」
と冗談混じりで語っていました。

レース中に降った大雨の影響で、落車が多発し厳しいレース展開となりましたが、梅丹本舗・GDRの選手たちは終始集団の先頭で主導権を取る形となり、福島兄弟、中島が集団を引き、清水、新城は体力を温存。
前夜のミーティングで描いた作戦を見事に実現し、新城が勝利を収めました。
雨で濡れた路面は滑りやすく、どこのチームも誰かが落車のトラブルに見舞われていたようですが、梅丹本舗・GDRだけは誰も落車せず。
新城にレースを振り返ってもらったところ、
「今回はスリッピーだった。最初の集団落車の時に先頭の選手が転んで、自分は2番手だったんですが、(急ブレーキをかけて)後輪浮きましたよ。びっくりしました」
と実はヒヤッとした場面があったことが判明。無事に勝利を勝ち取れて本当に良かったです。




第2ステージ前夜のミーティングでは、浅田監督から
「都貴はある程度タイム差が危険な(=少ない)選手の逃げに乗った方がいい。20分遅れの連中3,4人と行ってしまったら、都貴がいくら引かないと言っても無駄足を使う。ある程度総合(順位)が上で、まだ余力が残っている選手が動いた時に行けば、そのままくっついていっても(都貴自身の)総合も良くなるし、他のチームが危機を感じれば、集団を引き始めるはず。逃げに乗るメンバーも2段階で考えておいた方がいい。最初に動くのは康司となかじ(=中島)で、その次はフグ(=福島晋一)でそれから都貴」
との指示が出ました。
翌日の総合トップを守るため、こうなった場合はどう対応する等、レースを細かくシミュレーションし、チームとしての動きを入念に話し合いました。

Part 2へ続く
ジャパンカップから2週間後。
沖縄の名護市を中心にツール・ド・沖縄が開催されました。
今回は20回記念大会と称して2日間のステージレースとなりました。
出場選手は、福島晋一、福島康司、清水都貴、新城幸也、中島康晴の5人。
今回、新城は空港へ到着した直後から地元新聞記者による密着取材が行われるなど、沖縄出身の新城幸也に注目が集まります。
ジャパンカップでの失敗は繰り返すまいと、選手たちは11月4日から沖縄入りし、入念にトレーニングと調整に励みました。
レース前日、いつものようにミーティングが行われました。今回のエースは隠すまでもなく新城。地元での初勝利を誓い、それに向けての作戦が練られました。これまでのワンデーレースではなく2日間のステージレースのため、攻め方も異なります。
初日の1.7キロを30周する51キロのクリテリウム。
キャプテンの福島晋一が、
「総合優勝を狙うなら、初日(勝利を)取ってリードしておいた方がいい。幸也がリーダーになって、第2ステージで逃げに都貴が乗る。前で都貴は脚を使わず逃げればいい。そんなイメージがある」
とミーティングの冒頭で提案。このイメージを具体化するために、
「1人、2人逃がして、スプリントに持ち込む方がいい」
「こんなコースだったら、コントロールした方がいいかも」
「リーダーチームのような走りで走った方がいい」
など意見が交わされました。
最後に福島晋一が
「少人数の逃げは行かせて、集団の先頭で我々がコントロールする形。都貴も調子がいいから、なかじ(=中島)と康司と俺がアシスト。ゴールスプリント狙いで、ゴール前の幸也の発射台は都貴が。」
とまとめました。
翌日。第1ステージ。
1周のパレード走行が行われ、先導は元F1ドライバーの片山右京さん。選手たちは集団の一番後ろでスタートしたにもかかわらず、パレードを終えたらみんな先頭に陣取っていました。
レース後の談話ですが、と片山さんは、
「いやー、梅丹本舗の選手たちは速かったですよ。気が付いたらみんな周りにいたんです。」
と驚きの様子。一方の福島晋一は
「あのパレードが一番速かったかも?」
と冗談混じりで語っていました。

レース中に降った大雨の影響で、落車が多発し厳しいレース展開となりましたが、梅丹本舗・GDRの選手たちは終始集団の先頭で主導権を取る形となり、福島兄弟、中島が集団を引き、清水、新城は体力を温存。
前夜のミーティングで描いた作戦を見事に実現し、新城が勝利を収めました。
雨で濡れた路面は滑りやすく、どこのチームも誰かが落車のトラブルに見舞われていたようですが、梅丹本舗・GDRだけは誰も落車せず。
新城にレースを振り返ってもらったところ、
「今回はスリッピーだった。最初の集団落車の時に先頭の選手が転んで、自分は2番手だったんですが、(急ブレーキをかけて)後輪浮きましたよ。びっくりしました」
と実はヒヤッとした場面があったことが判明。無事に勝利を勝ち取れて本当に良かったです。




第2ステージ前夜のミーティングでは、浅田監督から
「都貴はある程度タイム差が危険な(=少ない)選手の逃げに乗った方がいい。20分遅れの連中3,4人と行ってしまったら、都貴がいくら引かないと言っても無駄足を使う。ある程度総合(順位)が上で、まだ余力が残っている選手が動いた時に行けば、そのままくっついていっても(都貴自身の)総合も良くなるし、他のチームが危機を感じれば、集団を引き始めるはず。逃げに乗るメンバーも2段階で考えておいた方がいい。最初に動くのは康司となかじ(=中島)で、その次はフグ(=福島晋一)でそれから都貴」
との指示が出ました。
翌日の総合トップを守るため、こうなった場合はどう対応する等、レースを細かくシミュレーションし、チームとしての動きを入念に話し合いました。

Part 2へ続く
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